パソコン=スマホはチューブ入り絵具だ!

突拍子も無く、飛躍しすぎた例え話かと思うかもしれませんが、いやいや、最後まで読んで頂ければ、それほど飛躍した話ではないと思っていただけるはずです。ちょっと長いですが、最後までお付き合いください。

誰もが手軽に出来るお絵かきは産業革命のおかげ

絵を描くときに使う絵具。たぶんそれは、チューブに入った絵具ですよね。とても簡単に使えます。

キャップをひねって、パレットにびゅーっと出して、あとは絵筆を画面一杯、自由に走らせるだけです。

ところでこのチューブ入りの絵具、実はイギリスで起こった産業革命の成果物でもあるんです。1841年に錫(すず)製のチューブが発明され、機械による大量生産で広く世の中に出回りました。これをきっかけに、絵画という芸術が大きく変わって行ったというのは、印象派以降の作品を見れば一目瞭然です。

絵具作りは化学の知識が必要

実はチューブ入りの絵具が発明されるまで、絵具や絵具を伸ばすための解き油など、画材は画家自身で作られていました。ですから、絵を描くためには、絵具を作るための知識が必要だったのです。どんな知識かというと、それは主に化学の知識でした。

油彩に使えるオイルは基本的に酸化して固まることが必要です。これが「絵具が乾く」ということです。オイルと言ってもいろいろなものがありますから、乾燥に適して堅牢なオイルはどんな種類のものかを知る必要があります。

色の元となる顔料・染料においては、耐光性・耐久性があり、さらに他の色と混ぜても化学変化して黒変すること無く、安定して使える性質のものが必要です。

鉱石や土から作られる顔料、植物や昆虫などから作られる染料など、様々な物質の化学的な性質を知ることが重要です。

油彩画はそれまで主流であったテンペラ画の欠点を補うべくして開発されました。14世紀後半、現在のオランダ・ベルギーの地域で生まれ、さらにイタリアなどで改良され、ルネサンス後期に完成したと言われています。

油彩画の技術の堅牢さは歴史が証明するとおり、その作品は500年以上経過してもなお、当時の色彩と堅牢さを失っていません。現代においても、これほど信頼できる画材はないでしょう。

確かにいろいろな塗料・絵具が現在進行形で開発されていますが、その堅牢さを本当に証明出来るのは、少なくとも数百年先と言うことになります。

レオナルド・ダヴィンチも油彩画を手がけていますが、この時代の作家たちはみなこの様な化学の知識を持って絵を描いていたわけです。ですから、誰でも自由に絵具に触れることは出来ませんでした。ましてや一部の素材は非常に高価なものですから、宮廷や貴族などから発注を受けるようなそれなりの工房で鍛錬し、技術を積み上げていって初めて使える道具だったのです。

当時、絵具作りは工房に入ったばかりの新前の仕事であったと言われています。彼らは絵筆などすぐには握らせてもらえないのです。絵を描く素材の基本的な知識を勉強し、そして堅牢な絵具を作ることが出来て初めて職人画家として一人前となります。さらに、絵を描く技能により、工房内で背景画、動物、植物等のそれぞれの得意分野を任せられたのです。

ベルギーのアントワープに、巨匠ルーベンスの工房があります。ここは当時最も優れた工房の一つでした。その宮殿のような建物は観光名所の一つでもありますが、この巨大な工房内を見ると、なぜルーベンスが、あのように優れた巨大な絵を大量に残せたのかを理解することが出来ます。

手作りから大量生産へ

工房での仕事は、絵画における作業の分業化でもありました。絵具を作る人、背景画を描く人、植物、動物専門の人、彼らはみな職人(アルチザン)と呼ばれていました。まだ、彼らのことを芸術家(Artist)とは呼んでいないのです。

そして、特に絵が上手では無いけれど、絵具作りが得意だった職人が絵具を専門に作るようになったとも言われています。彼らは絵具メーカーの走りとも言えましょう。でもまだ、大量に作ることは出来ず、まさに手作りでした。

その頃の油絵具は、保存するために豚の膀胱に詰められていました。ただし豚の膀胱では中身の乾燥も早いので、なるべく早く使い切らないとなりません。長期の保存には適していませんでした。また、大変かさばるものでしたから、何色もの絵具を手軽に何処へでも持ち出せる様なものではありません。

しかしながら、冒頭で述べたようにイギリスの産業革命がこれを一変したのです。産業革命ではいろいろな分野で機械による大量生産が発達しました。

絵具の生産も同様に機械化の波が押し寄せます。絵具を詰めるものは、豚の膀胱に変わって、錫(すず)や鉛で作られたチューブに詰められました。機械化によって以前よりも小さくコンパクトなチューブが大量に安価に作られました。

使い方もキャップを外しチューブを押しつまんで絵具を出す、現在私たちが使うチューブ入り絵具になったのです。

このチューブ入り絵具は手軽に利用でき、さらに長期の保存にも耐えられるようになりました。また、機械で大量に作りますから、他の地域へ輸出する商品となったのです。

Winsor&Newtonという有名なイギリスの絵具メーカーがあります。このメーカーの色の発色や品質の堅牢さには定評があり、多くの作家たちが信頼を寄せています。

工房から出て行った画家たち、そして、日曜画家の始まり

この様に大量生産できるようになったチューブ入り絵具は、一体何をもたらしたのでしょう?

そうです、画家は工房を出ていろいろな所へ旅をし、自分が気に入った風景、街の様子、カフェや劇場など様々な画題(モチーフ)を作品の対象としたのです。

市民革命により、それまでのお抱えの宮廷が無くなってしまったことも、画家が自由な題材を求めたという大きな要因でもありますが、しかしながらチューブ入り絵具がそのような画家達の大いなる助けとなったのも事実です。

良い意味でも悪い意味でも、とにかく画家たちは自由になった、自分の独自のテーマで絵を描くようになった、そしてこのとき初めて、彼らを芸術家(Artist)と呼ぶようになったのです。

「近代絵画の父」と言えば、ゼザンヌが取り上げられるかと思います。

その前にモネ、マネ等の優れた画家達がいますが、彼らは皆、工房を出た画家たちで、自然光を画面に取り入れ、絵画=芸術とは何かを考え始めました。

同時に、絵を描くのは職人としての画家たちだけの仕事では無くなりました。チューブ入り絵具によって、小難しい化学の知識が無くても簡単に絵具を手に入れられる。

生活に少しの余裕さえあれば、誰もが絵をたしなめる様になり、一般の人たち(とはいっても、ブルジョアの奥様達)を相手にした絵画教室や日曜画家が生まれました。フランスのアンリ・ルソーは役人でしたが、今では美術史の中で欠かせない日曜画家の一人です。

つまり、産業革命から作られたチューブ入り絵具は人々の生活を変え、さらに芸術に変革をもたらしたのです。

コンピューターはパーソナル・コンピューターへ!

ああ、やっとコンピューターという文字が出てきました。

ここまで辛抱強く読んでくれた方に感謝します。私もこれを書いていて、いつまで絵画の話をするんかいなーと、ちょっと不安になってましたので。

さてパーソナル・コンピューターというのが長いので、これからはPCとかパソコンと略して言います。

ですが、なぜパーソナルなのでしょうか?それはこの(パーソナルな)コンピュータは、個人で占有して使われるものだからです。

では以前はどうだったのでしょう?

コンピューターというのは実に大型で、配置するのに体育館ほどの広さが必要であったり、さらにとんでもなく高価で、とてもとても、個人で手軽に所有するようなものではありませんでした。

ですから、大学などの研究機関や、コンピューターを開発する企業、そしてそれらと周辺の機器を動作させる為のプログラムやアプリケーションを開発する企業等が所有していました。

その昔、絵画を描く職人たちが所属していた「工房」と呼ばれていた場所に似ています。

今でもとんでもなく高価で、どでかいコンピューターで、とても個人では所有できないコンピューターはあります。スーパーコンピューターと呼ばれるものです。

ですが、私たちが一般的に使っているパソコンは年々小さくなって、その大きさとは正反対に、パソコンの処理速度はどんどん速くなり、計算するデータも大きくなります。そして、10年前のスパコンが小さくなって私たちの手元にやってくるのです。

その代表として、私たちは普段からスマホを使っていますが、はたして10年後、20年後どうなっているでしょう。

コンピューターがあるのは間違いないでしょうが、どんな形で私たちは所有し利用するのか全く想像がつきません!

誰もが使えるコンピューター

コンピューターは特定の作業にかかわらず、データとして扱えるものなら何でも、計算出来るものならどんな作業でもこなしてくれます。

パソコンのおかげでコンピューターは一部の人たちだけの道具では無く、誰でも何処でも使うことが出来る、まさに現代の「チューブ入り絵具」と言えるのではないでしょうか。

そのようなパソコンは私たちの生活を画期的に変革することとなりました。

どのように変革したかって?それはもう皆さんが十分に経験しているでしょう。実際にパソコンで絵を描くこともできますしね…。

いかがですか。

チューブ入り絵具が個人として所有でき、簡単に扱えるパーソナルな存在となったように、パソコンも同様、今や社会を大きく変革する為の重要な道具の一つとなっているのです。